第三回 尾崎豊メモリアルハウス展 ファイナル
2012年11月30日(金) 01:45 ( 閲覧数 池袋TV: 1,500 / YouTubeチャンネル: 7367 )
~SPtakaニュース速報!~
中学時代、尾崎豊は東武東上線を使い、学校をサボり池袋へよく遊びに来ていたようです☆
2012/11/29~12/2
足立区千住河原町の千住宿歴史プチテラスで開催
第三回千住河原町「OZAKI HOUSE」メモリアル展(ファイナル)
企画 「OZAKI HOUSE」プロジェクト
2012/11月は、尾崎豊の生誕47年で、没後20年になる。
尾崎は20年前の4月、深夜足立区の自宅に戻る途中にタクシー運転手とトラブル。千住大橋交番のところでタクシーを降りて、自宅に向かったとされるが、約2時間近くをさ迷って、千住河原町の小峰さん宅の駐車場に入り込んで、こん睡していた。明け方発見されて緊急入院したが、間もなく退院、しかし午後容態は急変して亡くなった。
倒れていた小峰さん宅には、この事故の知らせから大勢のファンが集まることになり、ついに小峰さんはボランティアとして、自宅の一部屋をファンのために開放し、以来18年に渡って、尾崎のファンが全国からここに集まって、故人を忍ぶことになった。
2年前、小峰さんも自宅を改装したが、その時についにこの尾崎ハウスを撤収することになり、この2年は地元のボランティアが、自治体のプチテラスという会場で、そのハウスにあった遺品を展示することになった。ところが、この展示会も今回が最後。遺品はファンに引き取ってもらうことになった。小峰さんが尾崎と関わったこの20年の歴史も、これで一応の終止符が打たれる。尾崎の事故も遠い記憶となった。
尾崎が亡くなって20年。多くのファンも年齢を重ねたし、小峰さんも70歳を過ぎた。尾崎も生きていれば47歳になる。想像がつかないほどだ。
尾崎のメモリアルハウスも無くなって、ファンの記憶の中の尾崎も、また一世代年齢を重ねる。こうして尾崎の記憶も、だんだんと遠くなってきた。